大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和32年(ワ)403号 判決 1960年2月19日

原告 町田隆介

被告 国

訴訟代理人 船津敏 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告は原告に対し金百十二万五千円及びこれに対する昭和三十二年七月十四日以降その完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として、原告は、昭和二十七年五月五日訴外前隈清利及び同飯田久登共有にかかる福岡県石炭採掘権登録第一六〇三号鉱区に属する同県八幡市字香月町四隔炭層につき租鉱権を設定し同年十一月一日福岡通商産業局長に対しその旨の申請をしその認可を受け、昭和二八年五月十一日租鉱権設定の登録がなされた。然るところ之より先訴外坂口八郎が租鉱権を有せず且つ施業案の認可も受けないのに昭和二十七年十一月一日以降多数の人夫を使用して原告が租鉱権を有する前記鉱区において石炭を盗掘した。右は鉱業法第七条違反の所為であるから監督官庁である福岡通商産業局長、同局直方石炭事務所長井関政延及び同所次長福沢重利は遅滞なく訴外坂口八郎の違反行為を差し止めるべき義務があるものと思料するところ、原告が昭和二十七年十一月二十八日頃から屡々書面又は口頭で同局長等に対し訴外坂口八郎の違反行為を差し止めるよう懇請したにも拘らずこれを放任して原告の右要請に応じないばかりでなく、昭和二十八年三月一四日直方石炭事務所佐竹技官をして現地を調査させ訴外坂口八郎の所為を確認した上、即日同人に対し抗口を封塞し作業中止命令を発しながら翌十五日同人からその撤回方を求められるや原告が極力反対したにも拘らずたやすく右措置を撤回して引続きその盗掘を許したため訴外坂口八郎は原告が租鉱権を有する鉱区において昭和二十七年十一月一日以降同二十八年九月三十日に至るまでの間一月百五十トン宛盗掘して市場に販売したのであつて、その期間を計算の便宜上十ケ月としても合計千五百トンとなり、右石炭の平均品位は六千カロリー、その時価は一トン三千円であつたから右石炭の価額は合計金四百五十万円であるが、石炭を採掘するには通常販売炭価の七割五分に当る費用を要するものであるから、右費用を控除し原告は金百十二万五千円の得べかりし利益を失つた。右は前記福岡通商産業局長、同局直方石炭事務所長井関政延、同事務所次長福沢重利及び同事務所佐竹技官が故意に監督義務を怠り右坂口八郎、前隈清利及び飯田久登と共謀し右坂口八郎の盗掘の所為を知りながら差し止めずかえつてこれを庇護したことに因るものであるから国は原告が蒙つた損害を賠償する責任がある。原告は本件鉱区については昭和二十七年五月五日以降同二十八年五月十日に至る間においては未登録ではあるが租鉱権設定契約に基く権利を有し、同月十一日以降においては租鉱権設定の認可登録を受けているから自己の財産権を侵害されたものとして損害賠償を請求する権利がある。よつて原告は、被告に対し損害賠償として金百十二万五千円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三十二年七月十四日以降その完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだものであると述べ、被告の抗弁に対し本訴損害賠償請求権が時効により消滅したとの主張事実を争うと述べた。

立証<省略>

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として原告の主張はそれ自体理由がない。鉱業法第七条違反の行為に関しては鉱業法上所管の行政庁が採るべき措置について何等規定するところがない。事柄の性質上専ら刑事処分の対象となつている。ただ所轄行政庁としてはそのような行為がなされないよう、またすでになされた場合は速に中止させるよう指導勧告することはあるが、これは所謂行政指導の領域に属する措置にすぎないのであつて法令上の監督義務に基づく措置ではない。

原告主張事実中、原告がその主張の鉱区につきその主張の日に租鉱権設定の申請をしその認可登録を受けたこと、訴外坂口八郎が原告主張の鉱区において鉱業法第七条違反即ち鉱業権によらないで石炭を採掘したと認められる行為をしたこと、原告がその主張の頃訴外坂口八郎か採掘している炭層が原告の租鉱区に該ることを理由にその取締及び炭層の調査をすべきことを求めて来たこと並に原告主張の頃訴外坂口八郎に対し操業中止命令を発し抗口を結柵しようとしたが実施することができなかつたことは認める。原告主張の損書額は争う。原告と訴外坂口八郎との紛争の原因は鉱業権者訴外飯田久登が同一炭層の疑があるにも拘らず原告及び訴外坂口八郎の双方に対し租鉱権設定契約をしたことにあり、当時いずれも租鉱権設定の認可申請をしていたが未だその認可登録を受けていなかつたのであるから操業することは違法であつた。福岡通商産業局直方石炭事務所は昭和二十七年十一月十日から同二十八年四月二十八日に至るまで再三にわたり原告及び訴外坂口八郎に対し操業中止を勧告し同年五月十一日調査の結果右坂口八郎の採掘している炭層は原告の採掘層と同一であるとほぼ推認できたので鉱業権者訴外飯田久登に対し右坂口八郎の操業を中止させることを確約させ、以後同年六月二十六日に至るまで再三にわたり右坂口八郎に対し操業中止を勧告する等所轄行政庁としては同人の違法な操業に対し行政指導として許される範囲の努力を続け捜査機関に対しても善処を要望する等及ぶ限りの措置を採つたのであり、訴外坂口八郎の抗口を結柵しようとしたが実施できなかつたのは同人がこれを拒否し、又鉱業権者訴外飯田久登等本件鉱区の関係者からかかる措置をすれば右坂口八郎の採掘個所の確認が困難となる等の理由をあげて反対したからである。かりに原告にその主張の如き損害が発生したとしても原告が不法行為を知つたのはおそくとも昭和二十八年九月末日であるから三年間の消滅時効により本訴損害賠償請求権は消滅しているので何れにするも原告の本訴請求は失当であると述べた。

立証<省略>

理由

成立に争のない甲第五号証及び証人飯田久登の供述を綜合すれば、原告が昭和二十七年五月訴外飯田久登及び同前隈清利共有にかかる福岡県石炭採掘権登録第一六〇三号鉱区に属する同県八幡市字香月町四隔炭層につき租鉱権を設定したことが認められる。原告が昭和二十七年十一月一日福岡通商産業局長に対しその旨の申請をし同二十八年五月十一日右租鉱権設定の認可登録を受けたこと、訴外坂口八郎が原告主張の鉱区において鉱業法七条違反即ち鉱業権によらずに石炭を採掘したと認められる行為をしたこと、原告がその主張の頃右坂口八郎が採掘している炭層が原告の租鉱区に該ることを理由に同局長等に対しその取締及び炭層の調査をすべきことを求めて来たこと並びに原告主張の頃右坂口八郎に対し操業中止命令を発し抗口を結柵しようとしたが実施できなかつたことは当事者間に争がない。

原告は、訴外坂口八郎の右所為は鉱業法第七条に違反するから、福岡通商産業局長、同局直方石炭事務所長井関政延及び同所次長福沢重利は遅滞なくこれを差し止めるべき法律上の義務があるものと解すべきところ、同局長等は原告が屡々書面又は口頭で右違反行為を差し止めるよう懇請したにも拘らず故意に監督義務を怠り訴外坂口八郎、同前隈清利及び同飯田久登と共謀の上右坂口八郎の違反行為を知りながら差し止めずかえつてこれを庇護したと主張するので判断すると、訴外坂口八郎の前記所為は鉱業法第七条に違反し同法第百九十一条により刑罰を科せられるべきであることは明かであるが、かかぬ場合に所轄行政庁の採るべき措置については鉱業法その他の関係法令に何等規定するところがないので所轄行政庁は鉱業法第七条違反の所為に関しては法令上の監督義務はないといわなければならない。ただ行政庁としては法令上義務づけられているわけではないがそのような行為がなされないよう、又すでになされた場合は速に中止させるよう指導勧告することは許されると解すべきである。このことは鉱業法第八十三条第二号に通商産業局長は租鉱権者が施業案によらないで鉱業を行つたときは租鉱権を取り消すことができるとあり、成立に争のない甲第十二号証によれば福岡通商産業局石炭事務所組織規定第一条6に、鉱業権(租鉱権を含む)の侵害および紛争の措置に関する事務を分掌するとあることからも窺えるところである。

従つて訴外坂口八郎が鉱業権によらずに石炭を採掘している事実を知りながら何等の措置を採らなかつたというだけでは関係公務員が右坂口八郎と共同して盗掘したと認められるような特段の事情がない限り当該公務員には法令上の義務違背は認められないのであるから仮りに原告が右坂口八郎の盗掘により損害を蒙つたとしても之を関係公務員の不法行為によつて生じたものということはできない。本件に現れたすべての証拠を綜合してみても福岡通商産業局長同局直方石炭事務所長井関政延、同所次長福沢重利及び同所佐竹技官が訴外坂口八郎又は同前隈清利及び同飯田久登と共謀して盗掘し乃至は同人等を教唆又は幇助して盗掘せしめた事実は到底これを認めることができない。尤も成立に争いのない甲第一号証(原告作成福岡通商産業局直方石炭事務所井関所長宛の書面)には昭和二十八年三月十四日同所佐竹技官は訴外坂口八郎の抗口を封鎖し作業中止命令を発した後、同日午後福岡県遠賀郡香月町所在の訴外前隈清利方において同人、訴外飯田久登及び同坂口八郎等と密に会合し、同月十六日に前記措置を解除することを約した旨の記載があり、また右書面には直方石炭事務所次長福沢重利が同年五月十四日午後五時頃香月駅に下車し訴外坂口八郎方を訪れた旨の記載があり当時原告の使用人であつた証人鹿島明も右事実を現認した旨供述しているのであるが、証人福沢重利は香月駅に下車したことはあるが訴外坂口八郎方を訪れたことはない旨相反する供述をするところであり他に確証がないからいずれが真実であるかにわかに断定し難く後記証人飯田久登、同福沢重利の各供述と対比すれば、甲第一号証の内容は遽に採用できない。尚この点につき証人福沢重利の供述によれば同人が昭和二十七年十一月末頃原告の私宅を訪れ、原告が当時提出していた租鉱権設定許可申請書につきその不備を指摘し更に近くの料理屋で夕食を共にしその際話題が訴外坂口八郎の件にも触れたことが認められ右福沢重利のかかる言動が公務員として不謹慎の誹りを免れないとしても、このことは直ちに訴外坂口八郎の盗掘の所為と結びつくものではない。却つて証人飯田久登の供述により成立を認める甲第十一号並びに右供述及び証人福沢重利の供述(一、二回)を綜合すると、以下の事実を認めることができる。

即ち本件鉱区の鉱業権者訴外飯田久登は、原告に対し四隔炭層と称する炭層につき租鉱権を設定し、他方訴外坂口八郎に対し右四隔炭層の下層に当る無名層と称する炭層につき租鉱権を設定したため、原告と右坂口八郎との間に炭層について紛争を生じたのであるが、当時原告及び右坂口八郎はいずれも租鉱権設定の許可申請中であつて未だその許可登録を受けていなかつたら操業することは鉱業法第七条に違反する行為であつた。また飯田久登において施業案によらないで鉱業を行うことになり同人の鉱業法第六十三条に違反する行為でもあつた。直方石炭事務所次長福沢重利は、昭和二十七年十一月十日訴外坂口八郎に対し鉱業権によらずに採掘しているものとして口頭で採掘中止を勧告し、同月十三日付書面で前記飯田久登に対し右坂口八郎の操業を中止せしめるよう勧告したところ同年十二月二十五日右坂口八郎は右飯田久登との間の租鉱権設定の許可を申請した。前記福沢重利は右飯田久登に対し昭和二十八年二月十八日及び同年三月五日口頭で、同月九日書面で訴外坂口八郎及び原告の操業はいずれも租鉱権設定の許可を受けていないから鉱業権者において操業を中止させるよう勧告し同月十六日操業停止の公示板を掲示しようとしたが右坂口八郎が不在のため実施できなかつた。同年四月二日炭層の調査をしたところ同人の採掘している炭層が原告が租鉱権を有する炭層であるとの疑が濃くなつたので同月二十八日原告及び右坂口八郎の両名を呼び出し、この旨を告げて操業中止を勧告し、同年五月十一日右飯田久登に対し右坂口八郎の操業を中止させることを確約させ同月十二日同人の抗口に操業中止の公示板を掲示しようとしたが同人不在のため実施できなかつた。同月十三日及び十八日同人に対し口頭で操業中止を勧告したが同月十九日及び二十六日に原告から右坂口八郎が依然操業を続けている旨の連絡があつたのでその都度係員に事実の有無を調査させ同年六月十五日前記福沢重利と係員が右坂口八郎の抗口に赴き封塞しようとしたが同人が実力で反抗しかねない態度を示したので断念し同月二十三日同人に対し口頭で操業中止を勧告したところ同人は採掘しているのは無名層であると主張して応じなかつた。昭和二十八年八月四日炭層確認の調査をしたところ右坂口八郎の採掘している炭層は四隔炭層であることが確認された。そこで前記福沢重利は同月十九日折尾区検察庁に出頭し前記紛争の経過を述べて指示を仰いだが検察官は告発があつても起訴するのは難しい、行政的に解決した方がよいとの意見であつたので告発をするには至らなかつた経緯を知ることができる。甲第一号証の記載内容を直ちに全面的に措信することはできないし原告の甲号各証も右認定を覆すほどの証拠となし難く他にこの認定を左右するに足る証拠はない。右事実によれば福岡通商産業局長、同局直方石炭事務所長井関政延及び同所次長福沢重利等関係公務員は訴外坂口八郎の違法行為を阻止するため相当の努力をしたということができる。

同人の抗口に公示板を掲示し抗口を結柵しようとしたが結局実施することができなかつたのも現行法令が所轄行政庁に強制処分の権限を与えていないのであるから前敍の如き同人の態度に徴すれば巳むを得なかつたと認めるほかはない。してみると原告が主張する訴外坂口八郎の石炭採掘により蒙つた損害は福岡通商産業局長及びその他の関係公務員がその職務を行うについて故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えた結果とも認められないから国は右損害を賠償する責任を負うべき筋合ではない。

然らば原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 筒井義彦 西岡徳寿 八木下巽)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例